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よもやまコラムYOMOYAMA COLUMN

航空・科学技術

兄弟チームがあちこちに:航空黎明期(1)ブレゲ兄弟

P190626 CNAM BREGUET.jpg少し前のよもやまコラム「アヒルか鴨か・・・」で18世紀、熱気球に取り組んだモンゴルフィエ兄弟の話をした。老舗の製紙業を営む家に生まれた兄弟。では今度は「兄弟」というワードに注目してみよう。なぜなら20世紀前半の航空黎明期にもあちこちに兄弟チームが頑張っていたのだ。

そんな兄弟で皆さんが一番先に思い出すのはやはりアメリカのライト兄弟だろうか。一方ヨーロッパにもたくさんの兄弟チームが協力して飛行機開発に取り組んでいた。まだ家族経営が主流の当時、兄弟で協力する形になるのは当然といえば当然だが、何しろヨーロッパの航空黎明期には〇〇兄弟、XX兄弟という名前が頻繁に出てきて、「えーと、これは何兄弟だったかな」「この兄弟のお兄ちゃんってなんて名前だったかな」などこんがらがってしまう。
そこで今回は、その混乱を整理する意味でもヨーロッパの兄弟チームの代表的な例をいくつか挙げてみたいと思う(順不同)。

1/ ブレゲ兄弟:兄ルイ=シャルル(1880年生)、弟ジャック(1881年生)
ブレゲ社は20世紀前半の航空機製造業界最大手。兄弟は最初はジャイロプレーンと呼ばれるヘリコプタの前身のようなものの設計から手がけたが、飛行機の道にも進み、第一次世界大戦でもブレゲ14型を売りに売りまくった会社である。またルイ・シャルルは1919年、エール・フランス航空の起源となる航空便社(Compagnie des messageries aériennes=CMA:共同創設者もブレリオ、コードロン、モラーヌ、ソルニエ、あの車のルノーなど有名どころが名を連ねている)を設立している。

このブレゲ兄弟が生まれたブレゲ家は、調べてみると歴史ある名家、良いおうちであった。ルーツはスイスで16世紀頃には存在していた家だという。ご先祖様にはスイスで同じ地域に住んでいたというジャン=ジャック・ルソーと交流があった人や、フランスに移ってからは時計屋(さすがスイス)を営み成功した人もいるそうだ。その時計屋の太い顧客にはナポレオンやマリー・アントワネットもいたとのこと。

そして兄弟の父親アントワンヌも家系に受け継がれている技術知識や発明の道に造詣が深い人物であった。時計屋も存続していたが、一方でソルボンヌ大学などで技術を教えていた。ブレゲの技術は地球の自転を証明する振り子で有名なフーコーも利用したとされている。また、ここが航空業界でおぉっとくるとところだが、19世紀後半、つまりライト兄弟の初飛行の数十年前、蒸気機関を推進エンジンに用いて飛行するマシンを作り出した「クレマン・アデル」とコラボしたことがあったという。ただしそれは飛行機関係でなく、アデルが飛行するマシンに取り組む前に手がけていた電話技術に関してであった。
P190626 CLEMENT ADER.jpg

というわけで代々機械技術、技術革新にたゆまぬ興味を持ち続けていたスイスがルーツのブレゲ家の子孫、兄ルイ・シャルルと弟ジャックは航空機製造の道に進み、業界の歴史に名を残すことになる。ブレゲの航空機部門は1971年にダッソーに吸収合併され、社名からはその名が消えることになった。

兄弟自体の話より先祖と彼らに絡んだ人物の話が膨らんでしまったか。また機会があれば掘り下げることにしよう。

兄弟チームがあちこちに:航空黎明期(2)に続く

文:浜田ポレ 志津子(フラスペ)

No:Y20190626-01